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大阪高等裁判所 平成2年(う)1185号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人信岡登紫子及び同小田幸児連名作成の控訴趣意書(主任弁護人信岡登紫子作成の正誤表を含む)に、これに対する答弁は、検察官三ツ本輝彦作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第一について

論旨は、本件各公訴の提起は、被告人両名に対する捜査段階の逮捕・勾留等に数々の手続違反があるため、検察官において公訴の提起が許されない状態にあるのに、これに反して行われたものであるから、原審裁判所は、公訴権の濫用として、公訴棄却の裁判をすべきであったのに、原判決が実体判決をしたのは、不法に公訴を受理したものである、というのである。

そこで検討するに、所論指摘のとおり、被告人甲については、まず原判示第一の二の事実につき逮捕、勾留、起訴がなされ、次いで同第一の一及び三の事実につき逮捕、勾留、起訴がなされ、被告人乙については、まず、免状不実記載・同行使の被疑事実により逮捕、勾留がなされ、その釈放後直ちに原判示第二の事実につき逮捕がなされ、引き続き勾留、起訴がなされているが、これら逮捕、勾留(勾留期間延長、勾留取消請求却下、勾留理由開示等を含む)に関しては、その都度裁判官による判断が加えらているし、被告人甲の第一次勾留の勾留期間延長、勾留取消請求却下及び第二次勾留の各裁判、並びに被告人乙の第一次勾留、第二次勾留及びその勾留期間延長の各裁判に対しては、弁護人からそれぞれ準抗告の申立がなされたが、いずれについても、各原裁判を支持する準抗告棄却決定がなされている。所論は、これら勾留関係の裁判や準抗告決定が誤っていると主張するところ、検察官の訴追裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合がありうるが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られると解されるので(最高裁昭和五五年一二月一七日第一小法廷決定・刑集三四巻七号六七二頁参照)、事後的にみて、仮に被告人らに関する前記逮捕、勾留に違法ないし不当とすべき点があるといえるとしても、右のような勾留関係裁判等を経たうえでなされた本件各公訴の提起が無効とはいえないことは明かということができる。そのほか、記録を精査しても、被告人両名の取調状況に関する各原審供述をそのとおり信用することは困難というほかなく、本件各公訴を無効ならしめるような訴追裁量権の逸脱があったと疑わせるような証跡は見当たらない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二について

論旨は、捜査機関が平成元年五月一八日○○社関西支社において被告人甲の原判示第一の二の事実を被疑事実とする捜索差押許可状に基づいてなしたフロッピーディスク二七一枚の差押は、現場で被疑事実との関連性があるフロッピーディスクのみを容易に選別することが可能であったのに、その選別を行わず現場にあった全部のフロッピーディスクを差押えた一般的探索的なものであって、右支社内のパソコンの稼働を全く不可能にしたものであるから、憲法三一条、二九条、刑訴法二二二条、九九条(当審弁論では更に憲法三五条を付加している。)に違反し無効である、そして、原判決が証拠として用いたフロッピーディスク六枚は、右二七一枚の一部であるから、原審の訴訟手続には違法に収集された証拠能力のない証拠を採用した法令違反があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、所論及び答弁(弁護人及び検察官の各当審弁論を含む)にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原判決は、所論とほぼ同旨のフロッピーディスク二七一枚差押に関する弁護人の主張に対し、「捜査機関はフロッピーディスクの記載内容が当該被疑事実に関係するか否かを確認することなく、○○社関西支社内に存した全部のフロッピーディスクを差し押さえたのではあるが、①差押当時、右支社内にあった各フロッピーディスクには、被疑事実に関係する事項が記載されていると疑うに足りる合理的な事由があったこと、②その場でこれらフロッピーディスクの記録内容を確認するには、右支社関係者の協力が必要であるが、中核派の拠点である○○社の関係者に協力を求めれば、フロッピーディスクの記載内容を改変される危険があったことなどから、現場で各フロッピーディスクの記録内容を確認して選別することは、実際上極めて困難であったと認められること、以上の事情に照らすと、フロッピーディスクの差押は違法とまではいえない」旨説示しているところ、右説示は、結論において正当として是認することができる。以下、その理由を説明する。

1 捜査機関による差押は、そのままでは記録内容が可視性・可読性を有しないフロッピーディスクを対象とする場合であっても、被疑事実との関連性の有無を確認しないで一般的探索的に広範囲にこれを行うことは、令状主義の趣旨に照らし、原則的には許されず、捜索差押の現場で被疑事実との関連性がないものを選別することが被押収者側の協力等により容易であるならば、これらは差押対象から除外すべきであると解するのが相当である。しかし、その場に存在するフロッピーディスクの一部に被疑事実に関連する記載が含まれていると疑うに足りる合理的な理由があり、かつ、捜索差押の現場で被疑事実との関連性がないものを選別することが容易でなく、選別に長時間を費やす間に、被押収者側から罪証隠滅をされる虞れがあるようなときには、全部のフロッピーディスクを包括的に差し押さえることもやむを得ない措置として許容されると解すべきである。

2  所論も本件のフロッピーディスク二七一枚の何枚かに被疑事実に関連する事項の記載があると疑うに足りる合理的な事由があったことは争わないところであり、所論の力点は、右多数のフロッピーディスクの中には、市販のアプリケーションソフトないしパソコン通信等で公開されたソフト類などの被疑事実と無関係なフロッピーディスクが大量に存在することも明白であったこと、及びその見分けが極めて容易であったというところにある。

3  関係証拠によると、○○社関西支社内には当時NEC製PC九八〇一VM二一という機種のパソコンが一台あり、右二七一枚のフロッピーディスクのうち二五〇枚がそのパソコン用のものであり(残りはワープロ専用機用のものであった。)その中には市販のアプリケーションソフトのオリジナルディスクは殆ど含まれておらず、所論がアプリケーションソフトのフロッピーディスクというものの大半は手書きのラベルを貼ったバックアップディスク(コピー)であったこと、アプリケーションソフトのフロッピーディスクは、それがオリジナルディスクであっても、空き容量がある限りデータの書き込みは可能であるし、バックアップディスクであれば、アプリケーションソフトの一部を削除したりして、データを多く書き込むことも可能であること、前記機種で可能なアプリケーションソフトや公開されたソフトの種類はかなりの多数にのぼっており、しかもそれらは改良を重ねており版(バージョン)を異にするものもあり、捜査官がこれらのソフトの多くにつき直ちに書き込みや改変の有無を判別できるほどの予備知識を持つことは容易ではないこと、フロッピーディスクのラベルと内容を一致させないことや、辞書ファイル等アプリケーションソフトの一部のような名称でデータファイルを保存することも可能であること、データファイルを解読するにはそれを作成するのに用いたアプリケーションソフトが必要な場合もあり、いわゆる外字を利用しているデータファイルの解読には、その外字ファイルが記入されたフロッピーディスクが不可欠であることが認められる。そして、捜査機関としては、パソコンが原判示のような犯罪に使用された疑いがある以上、フロッピーディスクの内容とラベルを一致させていなかったり、ファイル名を書き変えているなどの偽装工作の可能性をも考慮に入れるのは無理もないところである。

4  関係証拠によると、所論指摘の「エコロジーⅡ」や「FD」というツール(ソフト)を利用すれば、ファイルの種類や内容を直ちにディスプレー画面に表示させることはできるが、これらのツールによっても、かな漢字等の形で判読できるのはテキストファイルだけであり、データファイルであってもその内容が直ちに解読できないものもあることが認められ、わずか一台のパソコンで前記のような偽装工作の可能性にも配慮しつつ二五〇枚ものフロッピーディスクの内容の検討を行うには多大の時間を要することは明らかというべきであり、数時間程度で被疑事実との関連性があるフロッピーディスクのみを容易に選別することが可能であったなどとは到底認めることができない(なお、本件捜索差押当時捜査官がこれらのツールを持参していたか否か明らかでないし、○○社側の立会人Fは当審証人としてエコロジーⅡの使用を申し入れた旨供述しているが、捜査官側がこのツールにつきどの程度の知識を有していたのかも明らかでない。また、ワープロ専用機用のフロッピーディスクもあり、その解読に要する時間も考慮する必要がある。)。

5  以上によると、たとえ○○社関係者の協力が得られたとしても、捜査機関において納得できるようなフロッピーディスクの選別が現場で可能であったとは認められないが、更に、関係証拠によると、本件捜索差押当日は、警察官らが○○社関西支社に赴き、インターホンで捜索に来た旨告げ、直ちにドアを開けるように繰り返し求めたのに、○○社関係者(二二名居た)はこれを無視したので、警察官らがエンジンカッターで扉のノブを破壊したがなおも開扉せず、当初から約一八分後になってようやく内部から開扉に応じ、責任者と称するFに令状を示すと同人は大声でこれを読み上げようとし、警察官らが内部に立ち入ったときは、すでに浴槽などに水溶紙が大量に処分されるなどの大掛りな罪証隠滅工作がなされた形跡があったことが認められるので、捜査機関において、フロッピーディスクに関しても罪証隠滅が行われる可能性を考慮するのは当然であるし(関係証拠によると、フロッピーディスクにプロテクトシールが貼られる前であれば、パソコンのキー操作でも簡単にファイルを消去できるし、フロッピーディスクはその内容が読み取れないように傷つけたりすることも容易であることが認められる。)、中核派の拠点の一つである○○社関西支社でフロッピーディスクの検討に長時間を費やすのは相当ではないと判断したのもそれなりに理解できるところである。

6  なお、本件フロッピーディスク二七一枚の差押(平成元年七月六日大半は還付)により、○○社側のパソコン等の使用にかなりの支障が生じた可能性もあるが(もっとも、Fの当審証言によると、当時アプリケーションソフトやデータをコピーしたハードディスクがあった可能性もあり、そうだとすると殆ど支障は生じていないと推定される。また、市販のアプリケーションソフトのオリジナルディスクは別に保管していたであろうから、新たに生のフロッピーディスクを入手すればそれらのアプリケーションソフトの使用も可能であったはずである。)、それだけで右差押が違法視されることにはならない(パソコンが捜査機関において容易に入手できない機種であったり、改造されたものであれば、フロッピーディスクと共にパソコン自体の差押も適法と解される。)。また、所論が指摘する捜査機関がフロッピーディスクの内容を改変しても容易に分からないとの点は傾聴に値するが、フロッピーディスクの押収に特有の問題ではなく、他の証拠物についても程度の差はあれいえることであるから、被押収者側にコピーを取らせるなどしないでおこなうフロッピーディスクの押収が一般的に違法であるとはいえないし、本件においては、被押収者側からの罪証隠滅の虞れがあり、かつ捜査機関で実際に改変が行われたとは考えられない(Fの当審証言によっても、不審な点は見当たらなかったとのことである。)から、所論の点を理由に本件フロッピーディスクの差押を違法ということはできない。

7 以上のとおり、本件捜索差押当時の具体的状況に照らして考えると、捜査機関が現場に存在したフロッピーディスク二七一枚全部を差し押さえたのは、まことにやむを得ない措置であり、その他所論が縷々主張する点を検討しても、この差押を違法ということはできない。したがって、原判決が証拠として用いたフロッピーディスク六枚の証拠能力は、これを是認することができる。

論旨は理由がない。

三  控訴趣意第三について

論旨は、Ⅰ本件の各自動車登録事項等証明書交付請求書は、刑法一五九条一項にいう文書に該当しない、Ⅱ仮に該当するとしても、これらの請求書を架空人名義で作成・行使することによっては、文書に対する社会的信用は殆ど害されず、極めて軽微な法益侵害しかないから、被告人両名の本件各行為は、可罰的違法性を欠くか、社会的相当行為であると解すべきである、したがって被告人両名に有印私文書偽造・同行使の罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、まず論旨Ⅰについて検討するに、原判決は、本件の各自動車登録事項等証明書交付請求書は刑法一五九条一項にいう「事実証明ニ関スル文書」に当たるとし、その理由として、「道路運送車両法及び自動車登録令によると、自動車の登録事項等証明書は、行政当局が道路運送車両の所有権について公証を行なうこと等を目的として交付するもので、これには、車名及び型式等自動車の特徴に関する事項、所有者の氏名又は名称及び住所、使用の本拠の位置等、社会生活上重要な情報が記載されることとなっている。何人も右登録事項等証明書の交付請求ができるとされているが、運輸省令により登録事項等証明書交付請求書の様式が定められており、請求者は、右請求書に氏名又は名称及び住所を記して押印するものとされている。本件の各自動車登録事項等証明書交付請求書も運輸省令の様式によるものであるが、このように請求者の氏名又は名称及び住所が記されて押印のある自動車登録事項等証明書交付請求書は、その特定の請求者が当該自動車の登録事項等証明書の交付を請求したという事実を証明するものであり、登録事項等証明証明の交付の趣旨及び記載事項のほか、交付された登録事項等証明書が悪用されることもありうることを考えると、その交付請求者を明らかにしておくことは、実社会生活に大いにかかわりのある事柄である」旨説示しているところ、右判断は、その理由説示をも含め正当として是認することができる(なお、東京高裁平成二年二月二〇日判決・高刑集四三巻一号一一頁参照)。

所論にかんがみ若干補足して説明する。所論は、①自動車登録事項等証明書交付請求書は、請求者と陸運局担当者との間で取り交わされるだけで、全く流通性を有さず、②交付請求の目的は問われないから、社会生活上重要な利害関係のある事実を証明する文書とはいえない、③被告人らが本件各自動車登録事項等証明書交付請求書に架空名義を使用したとしても、作成者と名義人の人格の同一性につき齟齬を生ずるおそれはないなどと主張する。しかし、①については、一般に流通性は私文書偽造罪の客体としての文書の要件とは解されていない。②については、自動車登録事項等証明書の交付請求は、口頭や電話では認められず、請求者の氏名又は名称及び住所を記し押印をした交付請求書によらなければならないと定めており、自動車登録事項等証明書が悪用されるなどした場合、何人が交付請求をしたのかを明らかにすることは、行政当局、その請求書の名義人、その証明書に記載された車両の所有者、その他の利害関係人にとって重要な意味を有する事柄であり、また、自動車登録制度や自動車登録事項等証明制度の趣旨・目的に照らすと、行政当局としても、犯罪に利用する目的であることが判明した交付請求に対しては、当然、交付を拒絶するか、少なくとも留保し得るとものと解される。③についても、行政当局は、交付請求に架空名義が使用されていることを知れば、交付を拒絶し得たはずであり、本件各自動車登録事項等証明書交付請求書につき、作成者と名義人の人格の同一性につき齟齬を生じていることが明らかである。所論はいずれも採用できず、論旨は理由がない。

次に、論旨Ⅱについては、原判決がこれと同旨の弁護人の主張に対し、被告人両名の原判示の各行為は、その動機、態様、規模等に照らし、可罰的違法性を欠くとか、社会的相当行為であるなどとはいえないことが明らかである旨説示するところは、所論にかんがみ検討しても、すべて正当として是認することができる。この点の論旨も理由がない。

なお、原判決は(法令の適用)欄において、原判示の偽造にかかる登録事項等証明書交付請求書の各行使の点につき、刑法六〇条、一六一条一項に該当するとしているのみであるが、右一六一条一項は、一五九条及び所定の文書等を行使した場合に、これら各条項所定の刑と同一の刑に処すると定めているところ、これらは法定刑が異なるのであるから(但し一五九条一項と同条二項は同一)、本件においては、更に一五九条一項をも挙示する必要があったと解される。また、科刑上一罪の処理については、いずれも犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断するとしているが、正しくは、原判示第一の一ないし三及び第二の各事実毎にそれぞれ原判決末尾添付の別表一ないし四から、どの番号の事実に関する偽造有印私文書行使罪が犯情が最も重いかを判断して、それらの罪の刑で処断するとすべきであったのである。しかし、これらの誤りは判決に影響を及ぼすことが明かとはいえない。なお、原判決七丁表末行の「判示第二の二の罪」は「判示第一の二の罪」の明白な誤記と認められる。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 重富純和 裁判官 川上美明 裁判官 安廣文夫)

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